【木曽路を歩く】① 馬籠宿の中山道ハイキングと駐車場情報

【馬籠~馬籠峠】木曽路を歩く① 中山道旧街道案内と駐車場情報

江戸期の中山道の雰囲気を今に残す、木曽の宿場町「馬籠」と「妻籠」。

馬籠宿から妻籠宿の間にはかつての街道が保存されており、当時の雰囲気が残る人気のハイキングルートになっています。

今回は、馬籠から妻籠の間の旧街道を歩いてみた様子を2回に分けて紹介します。

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中山道を歩く

「中山道」は江戸時代に整備された「五街道」の一つで、江戸と京都を結ぶ重要な幹線道路でした。

峠の多い中山道より「東海道」の方が距離も短く往来は多かったのですが、東海道は諸費用が高く河川の増水で足止めにあうこともあり、あえて中山道を選ぶという旅人も少なくなかったようです。

長野県の木曽周辺には、かつての風情を残す宿場町の街並みが数多く残されており、人気の観光地になっていますが、「街道の道」も当時の雰囲気を残したルートが保存されています。

今回歩いた馬籠から妻籠の区間は、古い街並みが残る二つの宿場を結ぶ距離約8km、2時間ほどの山中の道で、手軽な距離感と整備された道であるため、多くのハイカーが訪れる人気のルートになっています。

外国人の来訪者も多く、古き日本の雰囲気を感じられるスポットとして、海外にも知られるようになっています。

馬籠と妻籠 どちらから歩くか

出典:馬籠観光協会HP

馬籠と妻籠の間を「どちらから歩くか」というのは好みの問題ですが、体力的には馬籠から妻籠へ向かう方が負担が少ないです。

このルートは「馬籠峠」を越える山間のルートですが、馬籠峠は馬籠宿の方が近く標高差も小さいため、馬籠 → 妻籠の方が、確実に楽に歩けます。

今回は「馬籠から妻籠」へ向かうルートで歩きましたが、どちらにするか多少考えました。

妻籠宿からスタートし馬籠峠を越えて下って行くと、目の前には美濃の里が広がってきて、坂道の途中に馬籠宿が連なっている・・・。

木曽路の終わりを実感する魅力的な光景なので、妻籠 → 馬籠のルートも考えてはいたのですが、駐車場の確保や歩いた後の行動なども考えて、馬籠からのスタートにしました。しかし結果的に歩きやすくてよかったかなと思います。

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駐車場とバス

駐車場の状況

妻籠宿町営第2駐車場  左の段の上を旧街道が通っている

「馬籠」の最寄りの高速道路ICは、中央自動車道の「中津川IC」で、車で20分ほどの距離です。「妻籠」はもう少し遠くて30分ほどかかりますが、どちらでもそれほど大きな差はないと思います。

駐車場は少し状況が異なり、料金的なことでいうと、「馬籠」は普通車は基本的に無料で駐めることができます。

一方「妻籠」はすべて有料で、どこも1日500円です。

無料にこしたことはないのですが、「馬籠宿」は坂の中腹ということもあって、一つ一つの駐車場が小さく、それらが点在しているため、街道に近い所はすぐに一杯になってしまうと思われます。

「馬籠バス停」近くの広い駐車場は土産物店の駐車場で、店内利用で無料になりますが、駐車だけだと1回500円です。

宿場の中心から少し離れると大きめの無料駐車場もあるので、多少歩く必要がありますが、坂道を歩くことを厭わない方にはよいと思います。

一方の「妻籠」はすべて有料ですが、街道筋から歩いて数分の国道沿いに180台ほど収容できる駐車場があるので、かなりの混雑日でなければ駐められると思います。

こちらが一杯でも、他に街道に沿った平坦な場所に広めの駐車場が2ヶ所あるので、駐車場の心配はないと思われます。

今回は、駐車場を探して走り回る心配がなく、歩いた後すぐに車に戻れるように「妻籠」に駐め、バスで馬籠へ移動してから歩き始めることにしました。

妻籠~馬籠のバス

妻籠宿の「町営第2駐車場」に車を駐め、歩いて数分の所にある「妻籠バス停」へ向かいます。

特定日に臨時で出る朝一番の便でしたが、バス停にはすでに行列ができていました。

みんな歩くための身支度をした方々で、街道ハイキングが目的であることは一目瞭然です。

ここからバスに乗って、スタート地点の「馬籠宿」まで移動します。妻籠~馬籠間の料金は大人600円です。

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馬籠宿

国土地理院地理院地図より引用 地理院タイルに赤線等追記して掲載

「馬籠バス停」は旧中山道と県道7号線が交わるところにあり、馬籠宿の南の中心といった場所にあります。

馬籠バス停

約20分の乗車で「馬籠バス停」に到着します。

突き当たりが「桝形」

バスを降りて交差点に出ると、坂の上へ続く石畳の道が続いています。

ここから街道歩きをスタートします。

坂道の宿場町

登り始めるとすぐに「桝形」があります。

「桝形」とは、道を2度直角に折り曲げて直進しにくくした、城などで見られる軍事上の工作ですが、昔の宿場町などにもよく見られます。

坂道の桝形を登って行くと、宿場の街並みが続いています。

沿道には昔の面影を残す商店が並んでいますが、朝の9時過ぎなので、まだ開いていない店もありました。

坂道に続く街道の街並みが美しく、魅力的な景観が随所で見られます。

しかし、馬籠宿は明治以降の火災で江戸期の建物はすべて焼失しており、今の街並みは大正時代以降の比較的新しいものです。

しばらく登ると、古い街道に似合わない奇妙なオブジェがあらわれました。

馬籠リアルポケストップ

『ポケモン GO』でゲーム内にも登場するポケストップが、「リアルポケストップ」として設置されていました。こちらは5月16日まで設置されているそうです。(予定)

藤村記念館

宿場街の中程に「馬籠観光案内所」があります。(8:30~17:00)

こちらでは、観光案内の他、ハイカーに向けて完歩証明書の発行や熊よけの鈴の貸付も行っています。

そして観光案内所の向かいには「藤村記念館」があります。

小説家「島崎藤村」はここ馬籠の生まれで、藤村記念館は藤村の生家である旧本陣跡に建てられています。

馬籠は代表作「夜明け前」の舞台にもなっており、「木曾路はすべて山の中である」の書き出しはあまりにも有名です。

馬籠脇本陣資料館

街道沿いの各店の軒先には、「ポケモン」の灯籠が置かれていました。

やがて街道と県道との交差点に出ます。

陣場上展望台

「陣場バス停」のある横断歩道を渡ると、すぐに「高札場跡」があります。

高札場跡

こちらは、当時の場所に正徳元年(1711年)記録のものを忠実に復元してあるそうです。

陣場上展望台

高札場跡のすぐ上が「陣場上展望台」になっていて、ここからは「恵那山」がよく見えます。

恵那山
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街道を行く

展望台で馬籠宿は終わり、ここからは山の中の街道の道を歩いていきます。

石畳の坂道が続いています。

全体的に馬籠宿から馬籠峠までの道はよく整備されていて、ほとんどが舗装か石畳の道で、いわゆる山道の部分はわずかでした。

この辺りは、県道と交差したり並行して歩いたりしながら緩やかに登って行きます。

水車小屋

「水車小屋」を過ぎると、「梨子ノ木坂」という坂道を真っ直ぐ登って行きます。

沿道には「熊出没注意」の表示もありますが、ハイカーの姿も多く、ルート全体を通してあまり心配な感じはしませんでした。

梨子ノ木坂を登り切ると、県道に合流します。

お食事処 樹梨

県道沿いの食事処を過ぎると、道は県道を離れますが、しばらく車道歩きになります。

峠集落

「清水バス停」を過ぎると人家があらわれ、「峠」集落へと入っていきます。

沿道の大きな木の下に、「十返舎一九」の狂歌碑がありました。

  「渋皮の剥(む)けし女は見えねども栗のこはめしここの名物」

文化8年(1811年)に十返舎一九は中山道を旅して「木曽街道膝栗毛」を書いたそうです。

馬籠峠の近くにあるこの集落では、江戸時代まで牛を使って荷物の運輸にあたっていた人が多かったそうです。

当時の面影を残す家々が軒を連ねています。

沿道にあった古い消防倉庫をよく見ると、消えかかった字で「山口村消防団」と書かれています。

ここは現在、岐阜県中津川市ですが、2005年までは長野県木曽郡山口村でした。

馬籠は、越県合併をしためずらしい地域でもあります。

今井家住宅(登録文化財)
熊野神社

簡易舗装の道を進むと、再び県道に合流します。

間もなく県境の標識が見えてきて、「馬籠峠」に到着します。

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馬籠峠

バス停を過ぎると「馬籠峠」の標柱のある峠に到着です。

峠の標高は790m。高さは感じませんが、意外に標高があります。

峠には、正岡子規の句碑も建っています。

  「白雲や青葉若葉の三十里」(正岡子規)

峠の茶屋

馬籠峠は県道沿いの小さな広場になっていて、「峠の茶屋」もあります。   

ここまでで馬籠~妻籠ルートの約3分の1で、それほどの登りはないので、疲れたという感じはしませんでした。

あちこち立ち寄りながらゆっくり歩いて、馬籠宿から1時間20分ほどでした。

馬籠峠から妻籠宿への下りはけっこう長く感じたので、やはり体力的な負担を軽くしたいのであれば、「馬籠 → 妻籠」が良さそうです。

<その②へ続く>

【馬籠峠~妻籠宿へ】中山道人気ルート案内 木曽路を歩く②  
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木曾街道 馬籠驛 峠ヨリ遠望之圖(渓斎英泉)