かつて鉄道路線の難所として知られた、信越本線の碓氷峠。
北陸新幹線の開通と共にこの区間は完全に廃線となり、今では列車の姿を見ることはありませんが、この線路跡を利用した「アプトの道」というハイキングルートが開かれています。
レンガ造りの橋梁やトンネルなど、歴史的な鉄道遺構が数多く残る道を歩き、かつての駅の跡までを辿る、自然を満喫するウォーキングルートです。
今回は、紅葉の「アプトの道」散策の様子を紹介します。
アプトの道とは
「アプトの道」とは、旧信越本線の廃線跡に整備された自然遊歩道のことで、群馬県松井田町横川の「碓氷峠鉄道文化むら」から「旧熊ノ平駅」までの約6kmのルートです。
「アプトの道」という変わった名称は、かつての信越本線の碓氷峠区間が「アプト式鉄道」という方式によって運行されていたことによるものです。
2本のレールの間に歯車のような刻みをつけたラックレールを設置し、このラックレールと噛み合う歯車を取り付けた特別な車両を走らせることで、急勾配を上り下りできるようにした鉄道技術を「ラック式鉄道」といいますが、さらにその強度を高めた方式を、開発者の名前にちなんで「アプト式鉄道」と呼びます。
「アプト式」は、碓氷峠では1893(明治26)年から1963(昭和38)年まで使用されていましたが、現在では、国内で唯一、静岡県の大井川鐵道の一部で採用されています。
廃線跡を歩くハイキングルート
今回は、峠の麓にある横川駅に隣接する「碓氷峠鉄道文化むら」から、峠の中腹にある「旧熊ノ平駅」へ向かって歩きます。
終始登り坂ですが、それほどの傾斜ではないので、あまり気にならずに歩けると思います。実際、家族連れや年配の方もたくさん歩いていました。
この道を歩く場合は、基本的には「往復」することになると思います。
旧碓氷峠の国道18号線には定期路線バスがなく、春から秋の休日のみ臨時バスが運行されているので、帰路にこれを利用することができますが、平日だと交通手段がないので、徒歩で往復するのが一般的です。
季節的には紅葉の時期がおすすめだと思いますが、トンネルが多く、この周辺は雪もそれほど降る地域ではないので、冬期間でも歩けると思います。
また、ルート周辺にはクマやヤマヒルも出るようなので、季節によってはそうした対策も必要になりますが、今回はけっこう人出があり、季節も秋ということで虫もいなかったので、特に心配な点はありませんでした。
なお、トンネル内の照明は午後6時に消灯になります。
アプローチと駐車場
自家用車の場合、横川駅周辺に駐車する人が多いと思います。
アプトの道の起点近くには「松井田町営駐車場(無料)」がありますし、横川駅の南側には「鉄道文化むら」の広い駐車場があります。
平日だったため、鉄道文化むらの駐車場に駐車している車はほとんどなく、HPでは「駐車のみの利用は有料」となっていたのですが、周辺には料金に関する案内も、料金を徴収するような人も設備もありませんでした。
また、アプトの道は国道18号線の旧道に沿っているので、車道から入って部分的に歩くこともできます。有名な「めがね橋(第三橋梁)」や、終点の「旧熊ノ平駅」には広い無料駐車場があります。
自家用車でこちらを目指す時は、鉄道文化むら前の国道18号線をそのまま進むと「碓氷バイパス」へ行ってしまうので、鉄道文化むらを過ぎたら左側の「碓氷峠旧道」方面へ入ってください。
沿線の交通機関としては、期日限定の路線バスがあるのですが、4月末から11月までの土日祝日に1日1本走るだけなので、利用するには期日や時間がかなり限られます。
今回は、時短のために、帰路は折りたたみ自転車を利用することにしました。
「アプトの道」は歩行者専用で自転車は通れませんが、並行して国道18号線が走っているので、帰路はこちらを自転車で下ることにします。
まず、アプトの道の終点である「旧熊ノ平駅」の駐車場へ自転車をデポしに行きました。
碓氷第三橋梁 (めがね橋)
途中に、このルートで最も有名な観光スポットである「碓氷第三橋梁 (めがね橋)」があるので、下からの景観を見ていきます。
めがね橋より少し登った所に無料駐車場があり、20台ほど駐められます。
トイレは新しくきれいで、自販機も設置されています。
駐車場からめがね橋までは、300mほど歩きます。歩道を下っていくと、前方に高く聳える「めがね橋」が見えてきます。
この橋が竣工したのは明治25年。明治初期の鉄道網の整備の中、碓氷峠は信越本線で最後に残された未開通区間でした。
人と馬しか通れなかった急な峠道に鉄道を通すため、アプト式を採用して建設され、以来この国内最大のレンガ造りアーチ橋は、信越本線が新線に変わる昭和38年まで使用されました。
ウォーキングスタート
ウォーキングのスタート地点は、横川駅に隣接する「鉄道文化むら」の前にあります。
左に鉄道文化むらの車両を見ながら歩道を進み、観光案内所を過ぎると、その先は線路に沿って道が続いています。
この線路はかつての信越本線ですが、今も「トロッコ列車シェルパくん」が鉄道文化むらと峠の湯の間を走っている現役の線路です。
途中に「碓氷関所跡」の案内があったので行ってみます。
碓氷関所跡
旧中山道に出ると、道沿いの高台に「門」が見えています。
かつて箱根と並び、関東への出入口として知られた「碓氷関所」は、今は再建された東門を残すのみとなっています。
再び線路沿いの道に戻り、鉄道文化むらに並ぶ電車を眺めながら登っていきます。
途中に「この道は遊歩道です」と書かれたゲートがあり、自転車などの乗り入れが禁止されていました。
山間に入ると、緩い登り坂の道がほぼ真っ直ぐに続いていきます。
途中で「上信越自動車道」の下を通ります。
アプトの道は周囲の山々の展望がほとんどないのですが、この辺りからは妙義の山々を見ることができます。
やがて前方に、レンガ造りの「旧丸山変電所」が見えてきます。
旧丸山変電所
「旧丸山変電所」は、碓氷峠区間の電化に伴って明治45年に建設されたもので、純煉瓦造りの建築物です。
旧線の廃止後は放置され荒廃していましたが、国の重要文化財の指定を受け、修復工事が行われました。
端正な美しい佇まいは、当時の雰囲気を今に伝えています。
少しだけ裏側に回ってみたのですが、そちらはまだ荒廃した時代のままのようでした。
旧丸山変電所の前にはトロッコ列車の停車場があり、鉄道文化むらから列車に乗って訪れることもできます。
旧丸山変電所周辺には、自動車や自転車などが通れる道路がないので、ここを訪れるには、徒歩かトロッコ列車以外に方法はないようです。
峠の湯
旧丸山変電所からは、道の傾斜が少しずつ増していきます。そして線路から少し離れ、並木に沿って登っていきます。
一直線の道が終わると、道は線路の下をくぐって反対側へ移ります。左の丘の上には温泉施設「峠の湯」が見えています。
峠の湯の裏手の道を進むと、トロッコ列車の終点「とうげのゆ駅」が見えてきます。
トロッコ列車「シェルパくん」は、鉄道文化むらと峠の湯の間を走る観光列車で、旧信越本線の線路を利用しています。約2.6kmを20分ほどかけてゆっくり走っていきます。
運行されるのは土日祝日のみのため、この日は走っていませんでした。
なお、この列車は鉄道文化むらの施設という扱いのため、利用するには運賃の他に鉄道文化むらの入場料が必要です。(運賃大人片道700円・往復1200円、鉄道文化むら入場料700円)
※鉄道文化むらのHPでは、片道500円となっていますが、駅に掲示されている運賃表では700円になっており、最近値上がりしたようです。(2022年11月の料金です)
国道18号線の下をくぐり抜けると、トンネルと橋梁が続く区間が始まります。
橋梁とトンネル
旧信越本線の碓氷峠区間には、26のトンネルと18の橋梁がありましたが、アプトの道では終点の旧熊ノ平駅まで10のトンネルを通っていきます。こちらが最初の第一号トンネルです。
トンネル内は歩道脇にも足元を照らす照明が付けられていて、暗さは感じません。
側面は当時のままの煉瓦壁です。
第二号トンネルの内部は、アーチ型の鉄骨で補強されていました。
第二号トンネルを抜けたところは、すぐ脇を国道18号線が通っていて、行き来できるようになっています。
この辺りからは、木々の間に「碓氷湖」が見えます。しかし湖全体を見渡すような景観のよい場所は、アプトの道沿いにはないようでした。
国道18号線の道路沿いにある喫茶店にも、行き来できるようになっています。
「中尾小屋」という休憩スペースもあります。
第三号トンネルを覗くと、その向こうに第四号、第五号トンネルまで見えています。
この辺りから、トンネル区間が長くなってきます。
第五号トンネルを歩いて行くと、トンネルの向こうから賑やかな声が聞こえてきました。第五号トンネルを抜けると「第三橋梁」です。
第三橋梁
第五号トンネルの出口周辺には人が集まっていたのですが、その訳は「サル」でした。
人が近くにいても逃げる様子はなく、人に慣れている感じです。
トンネルの上の山にも、たくさんのサルたちがいました。
第三橋梁は長大で、他の橋とは別格な感じがします。人も多く、たくさんの観光客が訪れていました。
国道周辺を見下ろすと、かなりの高度感です。
たくさんの人が訪れ、ガイドの方もいて、ルート中で最も賑わっていたスポットでした。
トンネル地帯
第六号トンネルから先は、ほとんどがトンネル歩きになります。
第六号トンネルの内部にはアーチ型の窓があり、外の景色が見えます。
第十号トンネルを抜けると、終点の「旧熊ノ平駅」に到着です。
旧熊ノ平駅
熊ノ平駅は旧線時代の駅で、新線になってからは駅はなくなり信号所になりましたが、信越本線が稼働していた時代の雰囲気を今に残しています。
こちらも近くに駐車場があるため、観光客の方が訪れていましたが、構内にもクマ出没注意の掲示があり、人出の少ない時は注意した方がよいかもしれません。
あちこち見学したり写真を撮ったりしながら、ゆっくり登ってきました。約2時間の紅葉ウォーキングでした。
帰路
旧熊ノ平駅から国道へ下って行き、自転車をデポした駐車場に向かいます。
自転車を回収し、沿道の景色を楽しみながらスタート地点へ戻ります。ほぼすべて下り坂の道で、快適に走って車に戻りました。
周辺情報
碓氷峠鉄道文化むら
碓氷峠の鉄道の歴史だけでなく、各種車両が多数展示されているなど、けっこう本格的な鉄道博物館で、鉄道趣味の方には楽しめる施設だと思います。
園内を巡る機関車が走っていたり、子ども向けの列車運転体験もあったりするので、子ども連れも楽しめる場所です。
また旧信越線の線路を利用したトロッコ列車が、近くの温泉施設「峠の湯」までの2.6kmの区間を走っていて、こちらに乗車することもできます。(こちらは春~秋の休日のみの運行です)
しかし驚いたのは、大人が実際の車両の運転体験ができることで、きちんと講習を受けることで、本物の電気機関車を動かすことができるようです。
この講習というのが本格的で、資格試験のように一日しっかりと講習を受ける必要があり、講習料は3万円です。遊びというより「本気」で運転をしてみたい人が受けるものなのでしょう。
碓氷峠の名物
峠の釜めし
碓氷峠で最も有名なお土産といえば「峠の釜めし」でしょう。
横川駅近くの「おぎのや」では、おみやげとして購入することができますし、店内で食事として食べることもできます。
力餅
峠を越えるための腹ごしらえということで、昔からの名物に「力餅」があります。
いくつかの店舗で「力餅」が販売されていますが、今回は元祖といわれる玉屋で購入してきました。
小ぶりの餅を餡で包んだ一口で食べられるサイズで、味は赤福を想像していただくとよいかと思います。