【上田城】真田氏ゆかり難攻不落の城跡を訪ねる信州ドライブ

【上田城】真田氏ゆかり難攻不落の城跡を訪ねる信州ドライブ

信州上田城は、戦国時代末期に難攻不落の城として歴史に登場してきます。

二度にわたって徳川軍を撃退した上田城は、元は真田氏の居城として築かれた城ですが、現在残っている城跡は石垣も建造物も江戸時代以降に再建されたもので、当時を偲ぶものは残されていません。

しかし、城跡公園として整備された今も、真田氏にまつわる武将たちゆかりの城として訪れる人はあとを絶ちません。

今回は、長野県上田市の「上田城」を訪ねた時の様子です。

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アクセスと駐車場

信州上田観光ガイドより

上田城跡は上田市の中心部にあり、自家用車だと上田菅平ICから15分ほどの距離です。

城跡のすぐ南側に隣接して、「上田城跡駐車場」(88台、無料)があり、こちらに駐車して見学するのが一番の近道になります。

こちらが満車の場合、城跡の北側に「上田城跡北観光駐車場」(224台)もあります。

ここは有料ですが、通常時は1時間まで無料、以降1時間ごとに100円となっています。

※掲載されている情報は、2022年7月時点のものです。

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上田城の歴史

信州上田観光ガイドより

上田城が歴史に名を残したのは、後に戦国最後の覇者となる徳川氏を、2度に渡って撃退しているからでしょう。

特に2回目の、徳川秀忠の軍勢が中山道経由で「関ヶ原の戦い」に向かうのを足止めし、戦いに参加させなかったことは有名で、家康を激怒させたと言われています。

しかし、真田昌幸が築き、一度も敗れることがなかった当時の上田城は、その後徳川氏によって徹底的に破壊され、現在の上田城はすべて江戸時代以降に再建されたものです。

今の上田城跡は、旧二の丸内が公園になっていて、周辺には博物館や野球場などがあり、かつての「本丸」に当たる部分が城跡として残されています。

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上田城跡公園

南櫓

上田城跡駐車場に車を駐め、公園内に入ってまず目に入るのは、長く連なる石垣と、その両端に高く聳える櫓です。

芝生広場から見た上田城
西櫓

ここはかつて千曲川が流れていた場所で、河岸段丘の上に城が築かれていました。

「西櫓」の脇にある階段を登って「本丸」へ上がって行きます。

崖の上に立つ櫓は見上げるような高さです。

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本丸跡

「本丸」に入ると、周りは美しい石垣に囲まれていました。本丸跡の広場を見ながら、もうひとつの櫓のある方へ歩いて行きます。

東虎口櫓門と南櫓

櫓・櫓門の内部は見学ができるのですが、この時は冬季休業中で観ることはできませんでした。

櫓内の見学は冬季休業中
東虎口櫓門

東虎口櫓門を通って、本丸の外へ出てきました。

東虎口櫓門と北櫓
真田石

櫓門の石垣に、「真田石」と呼ばれるひときわ大きな石があります。

真田信之が松代へ移封の際に、父の形見として持っていこうとしたが微動だにしなかった、という伝承が残っています。

南櫓

真田神社

再び東虎口櫓門から本丸に入ると、正面には「真田神社」が鎮座しています。

社殿の傍らに、まだ新しい「真田幸村(信繁)」の像がたっていました。

また、近くに「真田井戸」と呼ばれる井戸が残されていて、この井戸からは抜け穴があって、城北の太郎山麓の砦に通じていたという伝説があります。

上田城は一度も落城しなかった(落ちなかった)ということで、受験生の合格祈願も多いそうです。

西櫓

真田神社の奥に、本丸に登ってくる時に見上げていた「西櫓」があります。

上田城跡で江戸時代から残る唯一の建物ですが、内部の公開はされていませんでした。

西櫓前から上田市街を望む
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二の丸周辺

東虎口櫓門と北櫓

本丸から出て、「二の丸」周辺を歩いてみました。

こちらが城の正面入口

周辺には博物館などが並んでいますが、その先にかつての堀の跡がありました。

二の丸橋

ここはかつて、二の丸の堀だった場所ですが、今ではけやき並木の遊歩道になっています。そしてここは、昭和の時代には鉄道が通っていたそうです。

長い時の流れを経て、今も人々の暮らしの中に息づいている城跡でした。