近年「お城ブーム」と言われているようですが、名所・旧跡として知られているものは、観光地として高い人気があります。
有名なところは立派な天守閣などを構えている場合が多いですが、すでに構造物を失ってしまった城跡でも、あまり知られていないけれど魅力的なスポットがたくさんあります。
有名な観光地は人出も多いので、密を避ける昨今の状況では、あまり知られていない静かな城跡もおすすめです。
今回は、周囲を見渡す景観が素晴らしい山城、「荒砥城跡」を紹介します。
荒砥城とは

「荒砥(あらと)城」と聞いて、すぐにわかる人はまずいないのではないでしょうか。私も知りませんでしたが、たまたま見かけて興味がわき、訪れてみた場所です。
場所は長野県千曲市。温泉地として有名な「戸倉上山田温泉」の裏山にあり、麓からも櫓が建っているのが見えます。
この櫓は近年復元されたものですが、大河ドラマのロケ地にもなっているそうで、時代劇関係等、その方面ではけっこう知られているようです。
所在地 千曲市大字上山田字城山3509番地1
電話番号 026-275-6653(城山史跡公園管理棟)
開園時間 開門【午前9時】~閉門【午後5時】
※入城は午後4時30分までです。
休業日 12月29日~1月3日(年末年始)
入城料 大人 1人 300円
高校生 1人 150円
中学生以下 無料
駐車場 普通乗用車15台(無料)
※以下は、千曲市ホームページからの抜粋になります。
荒砥城の概要
荒砥城は、当地一帯を治めていた地方豪族“村上氏”の支族にあたる“山田氏”により、大永4年(1524)に築城されたと伝えられています。冠着山から千曲川へ向かって伸びる舌状尾根の突端部にあり、戦略上重要な位置に築かれています。
城の形は、郭をいくつも連ねて作られる『連郭式山城』という、当時一般的な形式で築かれています。また荒砥城のほか、荒砥小城(あらとしょうじょう)や若宮入山城(わかみやいりやまじょう)といった荒砥城に付属する城や、のろし台と考えられる證城(しょうじょう)が同じ尾根上に連続して築かれています。
これらの城跡は、千曲市の史跡に指定されています。

川中島合戦での荒砥城
甲斐の武田晴信(後の信玄)は、領地の拡大などを目的に信濃への侵略を開始し、まず佐久地方の城を次々と落城させ、さらに諏訪地方にまで攻め込んでいきます。このころ、上田地方や更級・埴科地方などを領地としていた村上義清は、北上してくる武田軍と対峙し、上田原の合戦や戸石城の戦いで武田軍を退けます。
戦国随一と謳われた武田軍を2度も撃退するという戦果を挙げますが、天文22年(1553)、ついに居城である葛尾城を攻められ、村上義清は城に火をかけ、越後の長尾景虎(後の上杉謙信)の元へと敗走します。領地奪還を目指す村上義清に長尾景虎は加勢し、武田軍のさらなる北上を阻止するため軍を信濃へ進めます。これが世にいう『川中島合戦』の始まりとなるのです。
川中島合戦は、天文22年(1553)から実に5回、12年もの長きにわたり戦いを繰り広げます。この戦いの中で、荒砥城は、武田軍の城となったり上杉軍が支配したりと、目まぐるしい奪い合いの渦中にありました。

城山史跡公園の整備
城山史跡公園は、平成2年度から5年間の歳月を費やし、平成7年6月にオープンしました。当時の山城の雰囲気を感じていただくことができ、また、ふもとの戸倉上山田温泉から僅か数分という最良の立地条件もあり、県内外から多くの観光客が来られる施設となりました。
荒砥城の本郭は標高590mで、千曲川から比較するとおよそ220mの比高差があります。公園内にある櫓に登ればとても眺めが良く、眼下には千曲川の雄大な流れと、南は埴科郡坂城町から上田市北部付近、北は長野市の南部まで広く見渡せます。
NHK大河ドラマの撮影ロケ地として
風林火山(平成19年放映)
・荒砥城を、佐久海ノ口城に見立て、武田晴信初陣のシーンを撮影しました。
・千曲市内では、荒砥城のほかに2箇所で撮影が行われています。
江~姫たちの戦国~(平成22年放映)
・浅井長政の居城「小谷城」に見立て、小谷落城のシーンを撮影しました。
アプローチ
距離的に最も近い高速道路ICは、長野道の姨捨サービスエリアにある「姨捨スマートIC」ですが、上信越道の「坂城IC」か「更埴IC」から国道18号線経由で来るのが一般的なルートです。
国道18号線を「戸倉」方面へ進み、「戸倉上山田温泉入口」の信号で西に曲がります。
「万葉橋」を通って千曲川を渡り、直進すると山の麓の「城山入口」の信号交差点に出ます。ここを真っ直ぐ進むと山道になり、荒砥城方面へ登っていきます。




細く急な坂道を折り返して登っていくと、大きな建物があらわれます。この建物は「善光寺大本願別院」で、麓からもよく見えています。




この建物群の間を通り抜けて登っていくと、「荒砥城跡」の看板があらわれます。

ここから先の県道498号線「聖高原千曲線」は、工事のため全面通行止めでした。
駐車場は曲がってすぐの道沿いとその上の広場の2カ所に分かれていますが、上の方が平らで入口にも近いです。
天空の城「荒砥城」

車を駐めたら、城跡まではゆるやかな坂道の登りです。できれば歩きやすい靴で行った方がよいと思います。
案内所(四の郭)へ



駐車場から、整備された歩道を折り返しながら登っていきます。

しばらく登ると、建物の屋根の向こうに千曲川沿いの景色が広がってきます。



やがて頭上に建物が見えてきます。トイレと案内所です。荒砥城跡にトイレはここだけで、この先にはありません。


案内所で入城料300円を払い、門をくぐって入城です。

路上には写真のようなプレートが埋め込まれており、距離がわかるようになっていました。

「四の郭」は見晴らしのよい広場になっており、ベンチも置かれていました。
桜の季節に訪れるのも良さそうな場所です。
三の郭


遊歩道を登っていくと、頭上に櫓が見えてきました。


「三の郭」は櫓のすぐ下に広がる広場になっており、ここも見晴らしがよい場所です。



坂を登り切ると「二の郭」の門があらわれます。
二の郭



門をくぐって二の郭に上がると、櫓と資料館になっている兵舎が建っています。まずは櫓に登ってみます。



千曲川に沿って、上田方面から長野方面まで広く見渡すことができ、ここに城が造られたのも納得の景観です。





二の郭にあるもう一つの建物は、内部が二室に分かれており、歴史資料の展示スペースと映像資料の鑑賞スペースになっています。





展示資料は城だけに限らず、地域の歴史資料館も兼ねているといった内容です。
本郭



さらに先に進み、門を通っていよいよ「本郭」に登ります。



本郭には「館」と「兵舎」が復元されています。


「館」は靴を脱いで上がり内部を見ることができますが、大きな甕がある以外は特に展示物はありません。




「兵舎」は、テレビ撮影ロケの様子を紹介したパネルが展示されています。


本郭の北側には「展望台」があり、長野方面を見渡すことができます。
本郭から先の山の上にもいくつかの出城があるようですが、こちらは道が整備されていないので、訪れるにはしっかりした身支度が必要です。



帰路は来た道を戻っていきます。一通り見学しても1時間程度あれば十分かと思います。
開放的で展望の素晴らしい城跡で、人も少なくゆっくりと見学することができました。
コロナ禍の今、ちょっと出かけたいときに、こうした場所を訪れてみるのもよいと思いました。
万葉公園



帰路、千曲川沿いに行ってみると、たくさんの歌碑のある公園がありました。
堤防に沿って万葉集他の歌碑がたくさん建てられており、「万葉公園」というようです。温泉を訪れた人が、千曲川沿いを散歩して歩くコースなのかも知れません。ちょうど年配の皆さんが集まって草取りをしており、地域の方々によって美しく整備されていました。

