年末から年度末にかけての主なお笑いコンテストも終わり、それぞれの優勝者が脚光を浴びているこの頃です。
若手と言われる人たちが頂点を争うこれらのコンテストは、この世界で地位を築くための大きな道標なのだと思うし、実際に今活躍している芸人さんの多くは、優勝とはいかなくても決勝などに進出し、話題を呼んだ人たちばかりです。
だから、たくさんの若手たちが誰もが知る人気者になろうと、コンテストに向けて日々試行錯誤を重ねているのでしょう。
しかし、周囲に埋没せずに唯一無二の存在になろうとしているのか、あるいは独自の世界に入り込みすぎてしまったのか、多くの一般の視聴者たちが、これで本当に笑っているのか、と疑問に思ってしまうようなネタも少なくないように感じます。
テレビカメラの向こう側

地方にいると劇場などでお笑いを見る機会はほぼないので、お笑いに触れる機会といえばテレビになります。
多くの番組に出てくる売れっ子の芸人さんは、「うまいなー」と唸るような洗練された笑いを提供していて、さすがだと思います。
しかし、お笑いコンテストを見ていると、視聴者の目よりも、自分の世界を突き詰めることに気持ちが行っている?と思う場面もしばしばあります。
昨年のM-1グランプリは、50歳を迎えた長谷川さんを擁するコンビ「錦鯉」が優勝し、最年長記録として話題になりました。
錦鯉も独自の世界を突き詰めていたのだろうと思いますが、結果を分けた要因は何だったのか・・・。
「ネタの出来」といったようなプロの視点は置いておいて、テレビの前にいる一人の視聴者として感じたこともありました。
わかりやすかった錦鯉
テレビの向こう側で見ているすべての世代の人たちに誰が一番受けたのか、という意味では、おそらくこの二人だったのではないか、と思います。
「こーんにっちはーーー!」と元気よく登場し、変なことばかりするおじさん長谷川さんは、説明なしに分かりやすく子どもにも受けることは間違いないでしょう。
そして常識的な視点でシニカルに突っ込む渡辺さんの台詞に、大人もニヤリとしてしまいます。
普通に見て普通に笑う、誰が見ても難解な部分のない漫才だと思います。
M-1決勝での錦鯉のネタは、おそらくテレビの向こうにいる子どもからお年寄りまで、みんなが笑っているネタだと思いました。
最終戦でのサルを捕まえるネタは、おばかなルーティンをひたすら繰り返す長谷川さんの笑いは子どもにも分かるものだし、それが止まらない相方にタックルし、いたわるように横たえる渡辺さんの姿には、その優しさあふれる行為にみんなが共感するでしょう。
最後の「ライフ イズ ビューティフル」の一言も、苦節を重ねて決勝でネタをやる所まで辿りついた長谷川さんの人生に、思いを重ねて見ていた人も多いでしょう。
高齢コンビというそのユニークな存在がプラスになった部分もあると思いますが、しかし一番の違いは、「すべての世代に分かりやすかった」という点だと思います。
コンテストの難解な笑いは受け入れられているのか

決勝に残るコンビたちのネタは、含みのあるおかしさや圧倒的なボケまくりなど、どれも作り込まれていて「さすがだな」と思わせるものばかりでした。
しかし、それをお茶の間で見ているであろうお年寄りは、捲し立てる台詞を聞き取れたのか、子どもはどこまで理解できたのか、ということも考えてしまいました。
特定の層には受けると思うけれど、テレビの前にはおそらく理解しない層もたくさんいたのではないか、と思われるこれらの笑いをどう見たらよいのか。テレビの世界で活躍したいのであれば、やはり気にするべき点ではないのか・・・。
コンテストの評価は「プロがプロに対して行う」ものなので、視聴者の視点といった部分が置き去りにされることも多々あるとは感じていましたが、昨年の錦鯉の優勝という結果に関しては、「テレビカメラの向こう側の人たち」も多くが納得だったのではないかと思います。
「見ている人すべてに分かりやすく届くもの」、それがテレビにおける笑いなのだと示したかのようでした。
ベートーベンは誰もが知っているけれど、マーラーはクラシックファン以外はほとんど知りません。誰もが知る巨匠に、難解な人はあまりいないように思います。
テレビに出て活躍している人たちは、テレビの向こう側の人々が何に笑ってくれるのかを、知っている人たちなのだと思います。

