サッカーW杯カタール大会は、惜しくもベスト8に進出することはできませんでしたが、ドイツやスペインといった強豪国を破って予選リーグを突破したことで、日本中がおおいに盛り上がりました。
今回は、難しい展開を経て予選リーグを戦い抜いた選手たちの、心を支えたという中島みゆきの楽曲についてです。
史上最強の代表メンバー
進化の途上にある日本サッカーでは、W杯ごとに代表メンバーは最強を更新していると感じますが、今回のメンバーも史上最強だったことは間違いないと思います。
それでも大会前は、正直なところ、ドイツやスペインといった強豪国から勝ち点を取り、予選リーグを突破するのは難しいのではないかと感じていました。
欧州のチームで主力として活躍する選手も多く、「けっこうやれるだろう」と思ってはいたものの、それまでの強化試合では、試していたのだとしてもその戦術や試合運びが魅力的には見えなかったし、最終的に選ばれたメンバーも、前線の選手まで点取り屋と言うよりは守備重視で選んでいるのを見て、狙い通りいけるのか心配でもありました。
メディアは「死のグループ」と言っていましたが、これは強豪国が集まって何処が勝ち抜けるか予断を許さない状況に使う言葉で、欧州勢から見れば、死のグループでも何でもなく、スペインとドイツが順当に勝ち抜くだろうと思われていました。
しかし、日本は森保監督の作戦が見事にはまり、初戦のドイツを撃破します。
第2戦のコスタリカは格下であったことから、日本はもう予選を突破したかのような雰囲気になっていたのですが、何と日本はその試合に敗れ、次のスペイン戦に勝たなければ、ほぼ予選敗退であろうという状況に追い込まれます。
賞賛と批判が入り乱れる中、選手たちの心理状態は、相当に厳しいものだったと思われました。
W杯後、キャプテンの吉田麻也選手は、そんな状況の中である曲を聴いて、心を奮い立たせた、ということを語っていました。
心を奮い立たせた曲
吉田選手によると、コスタリカ戦の後、ジムでストレッチをしている時に流れていたのが、中島みゆきの「ファイト!」だったそうです。
この時は、ドイツを破って世界中から賞賛を浴びながらも、格下のコスタリカに敗れ、次のスペイン戦に負ければ予選敗退という、後がなくなった状況でした。
4年間のすべてが次戦にかかっている状況の中で、ふと耳にしたこの曲が、心を奮い立たせてくれたと言います。
トレーニング中のBGMは若手が担っていたそうですが、W杯では出番がなかった町野修斗選手が、かつての紹介記事の中で、試合前に聴く曲として『ファイト!』を挙げていたことがあったので、おそらく彼の選曲かと思われます。
「ファイト!」が最初に発表されたのは1983年。もう40年も前の楽曲ですが、その後もたびたびCMなどに用いられて、最近でもよく耳にする曲です。
「ファイト!」はタイトル通りの奮闘する姿を鼓舞する、中島みゆきにはめずらしくストレートな応援の歌だと思います。
♪ ファイト! 闘う君の唄を 闘わない奴らが笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ ♪
私たちは闘っている。笑われようが負けるな、のぼっていくんだ・・・。この曲は、中島みゆきが自身に向けた応援歌のようにも感じます。
世間が、メディアが何と言おうとも、自分の信じる道を進むんだという、決意を込めた歌でした。
心の暗がりの向こうに見える空
「中島みゆきは歌でしか本音を言わない」 昔、友人のK君がそんなことを言っていたのを思い出します。
中島みゆきという人は、ラジオなどのメディアに登場するときは、饒舌でおちゃらけたキャラクターとしておどけて見せていました。
しかし、活動の初期に発表された楽曲では、そこに込められた世界感は、どちらかというと心に重くのしかかるものが多かったと思います。
今思い返しても、彼女の歌の多くは、敗れ去りし者への鎮魂にも似た想いであったり、そうした人たちへの秘められた応援の想いだったりして、いつでもベースにあったのは、荒涼とした人生の荒野に立つ人々への醒めた、けれど愛おしむようなまなざしであったように思います。
そんな中で、「ファイト!」はめずらしくストレートに応援の想いを言葉にしている曲だと思うのですが、曲の前振りで語られる台詞では、やはり恐ろしく冷たい場面を描いています。
「うらみ・ます」を聴いたときは、心の中で「うわっ」と叫んでしまったのですが、それに負けないくらいの情念の中で生まれた歌だと感じます。
中島みゆきの歌に纏わるあの暗さは、世の中に確かに存在するこの冷たさを、あまりにも敏感に感じ取ってしまう彼女の感受性が故に醸し出されたものだろうと思いますが、同じように多くの人が、それを感じているからこそ、強く共感するのだと思います。
♪ ファイト! 闘う君の唄を 闘わない奴らが笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ ♪
どんなに世間が冷たくても、誰が何と言おうとも、自分の信じる道を進むしかない。
シンプルだけど、生きる上で最も根本にあることをただただ応援する。そのことが共感を呼んでいる曲なのだと思います。